ラベル 57577 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 57577 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2013年10月25日金曜日

十月に似合う服なら着たくない

十月に似合う服なら着たくない(泉かなえ)


初めて句会に行ったときに出した俳句。
句会に行くのも初めてで、
俳句を作るのもほぼ初めてで、
3句作ってきてねって言われて作って行って。
そしたら主催の人(句会行きたいです!連絡をした相手)が体調不良で急きょ欠席、
知っている人は1人(しかもほとんどお話したことがない)
わたしの他は全員男子、
場所は新宿歌舞伎町のルノアール(行き着くまでこわかった・・・昼間なのに)

いやあ、ふしぎな句会デビューでした。
上句は初めて席題で作った句。題は「十月」でした。
なつかしい。

2013年10月19日土曜日

両手ばなし

現実と真実のごとブランコは二つ並んで一つが揺れる(東直子)


東直子さんの『十階』(ふらんす堂)より、10/19の短歌。
『十階』は、5月に買って以来、少しずつ読んでいる。
2007年短歌日記、365日ぶんの歌。
先へ先へとは読む気持ちになれなくて、毎日ひとつずつくらいのペースで読む。もちろん読めない日もあるけれど、誰も責めたりはしない。

前は、東さんの歌をどう受けとめたらいいのかわからなかったけど、最近少しずつ引っかかるようになってきた。いいなあ、と思うものが増えるのは、単純に、両手ばなしで、たのしい。

2013年10月16日水曜日

きらきらと、残像

寒くなってきたので、半身浴をした。
何もしないで入っているのは飽きてしまうので、江國香織『東京タワー』の文庫本を持って入る。
カバーははずして、すこしずつ読む。

江國香織をよく読んでいたのは、12歳から14歳くらいのころだ。
中学に入ったばかりのときに、国語の先生が授業中に「デューク」を読んでくれた。
そのあと、近くの図書館で江國香織の本を片っ端から読んでいった。
図書館や本屋にある、いわゆる子ども向け本コーナーに行くのが嫌だったわたしにとって、江國香織は精いっぱい背伸びができる本だった。
どの本がどんな内容だったのか、実はあまり覚えていない。
覚えているのは、読んだあとの、ふしぎな後味だけだ。
自分の暮らしを、遠くから見ているような感覚。

高校に入ったころから、あまり江國香織を読まなくなった。
引越しをするときも、江國香織の本は実家から一冊も持って来なかった。
今部屋にある『東京タワー』の文庫は、友達が自分の本を売っているときに買ったものだ。

『東京タワー』はまだ半分も読んでいないけれど、すでに東京タワーが何回か出てくる。
東京タワーの見える暮らし、だ。
それを読んで、学生時代をどこで過ごすのかということは、わりと重要なことだと改めて思った。
高校時代、朝も昼休みも放課後も部活のことを考えていて、テスト期間で部活が休みになれば勉強をして、部活を引退した高2の春休みからは受験勉強をして、という生活だった。
図書館で本を借りたり、本屋さんのなかにあるカフェでお茶を飲んだり、帰りに友達とたこ焼きを食べたりと、いちおう楽しく過ごしてはいたけれど、基本的には、縛られた生活だと思っていた。
なんていうか、自分の選べることが少ない。
新宿のイベントに行きたくて、親に言うと心配するから(心配性の親だった)お小遣いがほしいとも言えなくて、何ヶ月も前から計画を立てて、こっそり行ったのを覚えている。
大学に入ってから、学校帰りに喫茶店でひとりでコーヒーを飲んでいたという友達や、部活帰りによく映画を見たりDVDを借りて帰っていたという先輩に出会った。
そういう人とは、暮らしてきた時間や生活が全然違うのだなあ、とぼんやり思っている。
それは良い悪いということではなく、仕方のないことなのだけれど、そういう過去の積み重ねを抜きにして、本を読んでいないとか映画を見ていないとか、いろいろと言うことはできないのだと思う。

いろいろなことが選べなかった高校時代は終わり、選択肢は増えている。今。
やりたいことぜんぶやる!というわけにはいかず、選びとっていかなければいけない。
一区切りの場所が決まったからこそ、そこに向かって、進んで行かなくては、と思っている。


きらきらとひかる渋谷も誰かにはかなしい場所であるのでしょうか

2013年10月15日火曜日

たくさんの花がひらく

台風が近づいていますね。
雨戸を閉めていても、ばりばりと風の音が聞こえる。
明日の朝はどうなるのでしょうか。
お仕事の皆さん、どうか気をつけて。できればお休みになると良いのですが、そうも言ってられない人もたくさんいますよね。きっと。
わたしは午後から授業なのですが、どうなることやら。

本当は、映画を観たりDVDを観たりだらだらと本を読んだりしたいのに、なかなか時間がうまく使えないのが悩み。
TSUTAYAも近くにないので、借りに行くのもおっくうになっている。

2年前に、期限付きでひとり暮らしをしていたときは、近くにレンタルショップがあったので、毎週DVDを借りて見ていた。
たしか、オレンジデイズを延々と見返していた気がする。
「僕が君を音の闇の中から救う」
っていう手話表現がすごくよかったなあ、というのを今でも覚えている。
手話の文法事項表現云々ということは勉強不足でわかっていないところもあるけれど、登場人物それぞれのキャラクターに表現が合っていたと思う。
櫂くん(妻夫木聡)の表現は、いつもやさしかった。
特に、「救う」のときの、引き寄せかたが、やさしい。


わたしは手話を少しだけやっていて(という表現もなんだか変ですが)
何となくいろんなことを考えながら、手話に関する作品を見ている。
ツイッターで見つけたこの短歌もそのひとつ。

新という手話は花咲くさまに似て旅立つ君は振りかえらない(Tetsu)
(「短歌×写真のフリーペーパー「うたらば」ブログパーツ第43回 テーマ「別」

「新しい」という手話は、両手をそれぞれつぼめたところから、ぱっと開いて表す。
それを「花咲くさま」と表現したところもすてきだし、後半が「旅立つ君は振りかえらない」と着地したところも、すごい!そうくるか!という感じ。
それから、「新しい」の表現と「おめでとう」「祝う」という表現は似ている。
思い返してみると、卒業や旅立ちのときに、「新」「おめでとう」という表現は必ずと言っていいほど使われる。
卒業おめでとう、新しい場所でも頑張ってね、というときに、たくさんの花がひらくと思うと、何とも言えない気持ちになる。
うれしくて、すこしせつない。


2013年9月22日日曜日

まっすぐに生きる

市立図書館に本を借りに行ったら、返却期限が10月になっていて。
あと2週間で10月になるのだなあと驚くやらしみじみするやら。
まだ9月9日くらいのきぶん。

昼間は暑くても夜は羽織るものが必要になったりして、
少しずつ秋になっていくのだと感じている。
秋は、いちばん好きな季節。秋晴れの空がだいすき。


実家に帰るたびに、妹が録画してくれている「あまちゃん」を見ている。
9月3日放送分から2週間ぶんくらいまとめて見た。たくさん笑ってたくさん泣いた。
前にみたときに、アキちゃんが「生きてる限り大事じゃねえ時期なんてねえし」と言っていたのが忘れられない。

昨日は、星野源さんのMV「地獄でなぜ悪い」http://www.youtube.com/watch?v=oZE9IDY2IXM
を見て、最後の部分でまた泣いた。
今年に入ってからのいくつかの出会いとさよならといい、9月頭にやっと見た「風立ちぬ」といい、「生きる」ということを考えざるをえない。
今ここに生きているということ。

いろんなことがうまくできなくて、ああもう!と思うことはあるし、
やるべきことを後回し後回しにして、でもあれもこれもやりたいなあ、なんて口ばかりの自分が大嫌いになることもあるけど、
でもやっぱりわたしはわたしを生きていかなければいけないのだと改めて思っている。

自分にしかできないこと、をずっと考え続けてきたけれど、
それよりも、自分がやりたいことを大事にしていきたいと思うようになった。
自分にしかできないことを見つけること、何かを続けること、守ること、まっすぐに生きること。
そのどれもが、尊い。


友達が「夏が大好きで嫌い」と言っていたのを、この夏ずっと覚えていた。

いつだって始まれば終わる夏だからはじめから大好きで嫌いだ

2013年5月23日木曜日

目的地まであと十五分 

目的地まであと十五分

地下鉄がすきです 電波が入らないこととかホームのタイルの目とか
中指のささくれをむしる血がにじむ痛かったなら生きてる証拠
もう君に会うことのないスカートはクリーニングに出してきました
思い出を受けとめすぎたせいでしょう 黄色い傘は折れてしまった
会えなくてさびしい 会ったあともっとさびしいなんて知らなかったの


『うたつかい』2月号に出した五首です。
『うたつかい』( http://www.utatsukai.com/ )とは、「twitterで短歌を詠む、twitter歌人さんの作品中心のzine。」です。(『うたつかい』webより引用)2011年9月創刊。

実は、うたつかいに投稿したのはこれが初めてです。
いつも読んでいる冊子に自分の短歌が載っているのは、ふしぎな気持ち。
最近twitterで感想を書いていただいたのが、すごくうれしかったです。


いろんなことを考えてしまって、ぜんぶ投げ出してしまいたいときもあるけれど、やっぱり、短歌すきだなあ、と思う今日このごろです。